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2006-11-25-Sat-23:47

子どもの隣り (灰谷健次郎さんを偲ぶ)

わたしのなかにも
ちいさな子どもがいて、
大人になってしまったわたしを
おおらかに抱きしめているのだろう。

それに気づかせてくれたのが
あなただった。
小学校の先生をしていたという
あなたは
ちっとも先生らしくなくて、
先に生きることなんてしなくて、
隣りに寄り添って話をしてくれるような
そんな陽だまりのような人だった。

 いのちは
 けっしてちっぽけではなくて、
 自らぐんぐん伸びていこうとする
 巨木を秘めたドングリのようにたくましくて、
 どんなに重いくもり空を背負っても、
 みんなの痛みを忘れたりなんかしない。
 こころをぎゅっとしぼれば
 熱い雨がぽたぽた落ちてくる。
 からだの血となってかけめぐる
 いとおしい人たちの涙が・・・


ところが、あなたは、先にいってしまった。

天に瞳をこらすと
背もたれていた木は
どんどん蔭りと光りを深めて
隣りに転がるドングリひとつ。
今さらあなたの大きさに気づくなんて。

 あなたはいなくなったんじゃない。
 かくれんぼしているだけ。
 まだここにいる。
 ここにいる。





(平成十八年十一月二十三日に亡くなられた
灰谷健次郎さんに寄せて)
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2006-11-19-Sun-20:23

十三月のヴァルカローレ

今日より、明日、明後日
舟が古びようと
櫂で水しぶきを描かずにいられない
来週より、来月、来年
からだの影が深まろうと
羅針盤の先を指差さずにいられない
蜃気楼を揺らして
永遠に届かないまま
残り少なくなる時を
「未来」 という、透明な火のような名で呼び
川風に髪をなびかせて
遠い海にとき放つヴァルカローレ
  わたしという休符は
  わたしでない気流に手を伸ばすことによって
  はじめて呼吸に繋がる唄となり
  川は終曲に近づけば近づくほど末広がり
  つつまれている、河口ごと銀河につつまれている
朝に夕に
星のめぐりに
波打ちながら
流転しつづけているだろう
時に、
  年の瀬せまる夜に
  みずから帆となれば
  冬の星座におどる白い息
  をさらにつき動かす
  はるかな、 

おわらない

    つづいていく

        つづけていく
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