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2006-12-31-Sun-08:17

やわらかなあさ

あ、
あさごはんが
きょうもやわらかい

そしゃくされた
いのちが
おなかに熱くしみとおる

やわらかくなって
この手に
とどくまで
いったいどれほど
かみくだかれたのだろう

あさの
ひかりに
ゆげをたてる
白いごはんを
すかしてみると
青い苗から
金の稲穂になるまで
どろにまみれて育んだ
おじいちゃん
おばあちゃんの
手、が
うかびあがって
ふたりも
そのまた
おとうさん
おかあさんの
手、に
育まれて
どんどんさかのぼって

こうして
めぐらせる
この言葉さえ
遠いとおい昔から
かたい土をたがやすように
手をかけられたのだと
思うと

やわらかく
かみくだかれた
ものものには
たしかな芯がとおっている
と、感ぜずにはいられない
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2006-12-09-Sat-20:31

冬の庭

あれはたしか小学生のころ
ちいさな花をいじめたことがあった
冬がカサリと音を立てはじめたある日
お母さんがお庭でいっしょうけんめい
そだてた花を

「しゃんとしなよ」
「ねえ、枯れちゃわないで、しゃんとしな」
はじめは爪ではじいて
それでも花はコクリともうなづかなかったので
そのうちおなかから熱いヘドがこみあげて
気がついたらそばに立ちはだっていたツバキを
おもいきりけとばしていた。
けとばして、けとばして、

  ねえ、きょうも学校にいったら、
  上ばきがなかったのよ
  先生に言ったら、笑いながら
  もっとちゃんとさがそうね・・・だって。
  でも、知ってる。
  みんなわたしのものをぬすんでは、
  わたしのそうしきごっこをしているのを。
  だから上ばきだって殺されちゃったんだわ。
  ・・・わたしがいなくなったら、
  みんなわるいことしたっておもうのかな?
  それともせいせいするのかな?
 
ダン…バサリ、ドン…バサバサ、と
ツバキをゆさぶっているところを
お母さんがかけよってきた。
わたしの腕をつかんでじっと見つめるので、
わたしは口をぎゅっとむすんで地べたをにらんだ。
「・・・お花がかわいそうでしょ?」
お母さんは、
ズシンとした声を
わたしの頭になげかけた。
そのまま腕を引っぱって家に入ろうとするので、
からだをふりはらって庭を飛びだした。

わたしは西へ西へ、走りはじめた。

 (お母さんのかなしそうな顔がよぎる)

わたしの頭は
だれもしゃべっていないときも
つめたい雨みたいな声に
ずんずんなぐられていたから、
ぐしょぬれになって
氷みたいに動けなくなって、

 (しゅんと枯れそうになった花がよぎる)

ねえ、花は
人になりたいとか鳥になりたいとか
おもったりしないの?
ふまれてもけられても
にげられないのに、
ねえ?

 (わたしの、
 殺されてしまったものたちがよぎる)

夕日が真っ赤ににじむころ
町のはずれに着いた。
大きな川が
とおせんぼするように
流れていたので
足をとめた。
息がぜいぜい
ないているのは
とまらない。

ぽつり、と
川のむこうへ
なみだみたいに
夕日が落ちていった。
川をのぞきこむと
今にも飛びこみそうな
わたしが
ゆれていた。

―――これいじょう
     いっちゃだめ!

からだに電気が走る。
めまいがして、ふと上を向くと、
うでを広げるよりも、川が流れるよりも、
もっと大きな空がわたしをつつみこんでいた。
しゃがんでいるまわりの
枯れ草も
北風も
三日月も
みんなみんな
大きな空のなかに
ある。

   あのね、
   学校のうら庭で
   上ばきと
   チョークでコンクリートに
   「シネ」って
   書かれているのを見つけたとき・・・
   ほんとうに、いなくなりたかったのよ。

――――――もうこれいじょう
               
         どこにも、いけない。



すっかり夜になったころ
わたしはうなだれて
家へもどってきた。
お母さんは
泣きはらした目をして
それでも何もなかったように
あたたかいミルクをいれてくれた。

うんと冷えたゆび先で
マグカップにふれると
じんとしびれて
きもちいい。

「今はまだ小さいから
どこにもいけないかもしれないけど」

お母さんは、わたしの目をみてつぶやいた。

「大きくなったら、
どこにでもいけるから」

目をつむったら、
しゅんと枯れていたはずの花が
三日月みたいに
白く光りはじめた。

2006-11-25-Sat-23:47

子どもの隣り (灰谷健次郎さんを偲ぶ)

わたしのなかにも
ちいさな子どもがいて、
大人になってしまったわたしを
おおらかに抱きしめているのだろう。

それに気づかせてくれたのが
あなただった。
小学校の先生をしていたという
あなたは
ちっとも先生らしくなくて、
先に生きることなんてしなくて、
隣りに寄り添って話をしてくれるような
そんな陽だまりのような人だった。

 いのちは
 けっしてちっぽけではなくて、
 自らぐんぐん伸びていこうとする
 巨木を秘めたドングリのようにたくましくて、
 どんなに重いくもり空を背負っても、
 みんなの痛みを忘れたりなんかしない。
 こころをぎゅっとしぼれば
 熱い雨がぽたぽた落ちてくる。
 からだの血となってかけめぐる
 いとおしい人たちの涙が・・・


ところが、あなたは、先にいってしまった。

天に瞳をこらすと
背もたれていた木は
どんどん蔭りと光りを深めて
隣りに転がるドングリひとつ。
今さらあなたの大きさに気づくなんて。

 あなたはいなくなったんじゃない。
 かくれんぼしているだけ。
 まだここにいる。
 ここにいる。





(平成十八年十一月二十三日に亡くなられた
灰谷健次郎さんに寄せて)
2006-11-19-Sun-20:23

十三月のヴァルカローレ

今日より、明日、明後日
舟が古びようと
櫂で水しぶきを描かずにいられない
来週より、来月、来年
からだの影が深まろうと
羅針盤の先を指差さずにいられない
蜃気楼を揺らして
永遠に届かないまま
残り少なくなる時を
「未来」 という、透明な火のような名で呼び
川風に髪をなびかせて
遠い海にとき放つヴァルカローレ
  わたしという休符は
  わたしでない気流に手を伸ばすことによって
  はじめて呼吸に繋がる唄となり
  川は終曲に近づけば近づくほど末広がり
  つつまれている、河口ごと銀河につつまれている
朝に夕に
星のめぐりに
波打ちながら
流転しつづけているだろう
時に、
  年の瀬せまる夜に
  みずから帆となれば
  冬の星座におどる白い息
  をさらにつき動かす
  はるかな、 

おわらない

    つづいていく

        つづけていく
2006-08-02-Wed-23:04

ひしゃく星

夜空に、ひしゃく星

 くらやみは
   すくわれることなく
     すりぬける

あなたとわたし、
街灯りを遠くに眺めながら
水を打ったように静かな公園を歩いていると
一枚の影絵になったみたい

でも本当は
別々の宇宙に浮かんでいるのでしょう

今、背中で
揺れたブランコの影さえ
同じものを見ているとは限らないように



夜空に、ひしゃく星

 くらやみは
   ふたりのはざまに
     ふりそそぐ

七つの星は
それぞれ遥かに離れていて
透明な器になれないまま溜息を零して

星と星を
見えない糸で結ぶものは何でしょう

二人、
眼差しを交わしても
足元に広がる不思議は解けないでいるけど



わたしが目にしているものは
わたししか見られないのなら
この道を波立たせるのも
この心だけでしょう

わたししか知らないあなたを
心にそっと抱きしめよう

あなたが孤独に
沈みそうになったとしても
まっしろな光で照らせるように



夜空の暗さゆえ
星が切ないほどに瞬く
その在り難さ、風に感じて

 「手をつなごう」

北極星をめざして――







「詩遊会」さんの企画で、ルナクさんのイラストからイメージを広げて書きました。
ルナクさん、どうもありがとうございます^^
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